外来の合間、学生が症例を提示してきた

木曜の午前外来。次の患者さんまであと5分というとき、実習中の学生が電子カルテの前で待っています。「先生、さっきの患者さんのプレゼンをしてもいいですか」。あなたは時計を見ます。教えたい気持ちはある。でも時間がない。結局、学生の長いプレゼンを途中まで聞き、「うん、そんな感じでいいよ。鑑別はまた考えておいて」と言って診察室に戻る——。

多くの臨床の先生が、この場面に心当たりがあるのではないでしょうか。臨床現場での教育は「時間があればやる」ものになりがちです。しかし実は、3分あれば構造化された指導はできることが分かっています。鍵は、教える側が「型」を持っているかどうかです。

このモジュールでは、世界中の臨床教育で使われている2つの型——One-Minute PreceptorSNAPPS——と、学習者に本当に届くフィードバックの条件を扱います。設計4で見た能動学修の原則を、講義室から病棟・外来へ持ち込む回です。

One-Minute Preceptor — 5つのマイクロスキル

One-Minute Preceptorは、Neherらが1992年に提唱した、忙しい臨床現場のための指導の型です。名前は「1分間」ですが、実際は3〜5分の対話を想定しています。ポイントは、指導医が病歴を根掘り葉掘り聞き直すのではなく、学習者の「思考」を診断することに時間を使う点です。

5つの歯車が噛み合って回る様子で、One-Minute Preceptorの5つのマイクロスキルが連動して働くことを表した図 図: One-Minute Preceptorの5つのマイクロスキルは、噛み合う歯車のように順に連動して機能する

ステップマイクロスキル声かけの例
1考えを言わせる(Get a commitment)「あなたの診断は何だと思う?」
2根拠を探る(Probe for evidence)「どの所見からそう考えた?」
3一般原則を教える(Teach general rules)「労作時呼吸困難を見たら、まず○○を考えるといい」
4できた点を強化する(Reinforce what was done well)「服薬状況まで聞けたのは良かった。アドヒアランスは心不全増悪の最多原因だからね」
5誤りを修正する(Correct mistakes)「頸静脈の評価が抜けていたね。次は坐位45度で見てみよう」

対話例を見てみましょう。学生が「息切れの70歳男性」を提示した後の3分です。

指導医「で、あなたは何が起きていると思う?」(①考えを言わせる) 学生「……肺炎、でしょうか」 指導医「肺炎と考えた根拠は?」(②根拠を探る) 学生「咳があって、高齢なので」 指導医「なるほど。ここで一つ原則を。高齢者の息切れでは、心不全と肺炎はしばしば合併するし区別も難しい。だから両方を同時に評価する——体重変化、起坐呼吸、下腿浮腫は必ず聞く」(③一般原則) 指導医「今日のプレゼン、時系列が整理されていて追いやすかった。あれは続けて」(④強化) 指導医「一方で、夜間の呼吸苦を聞いていなかったね。次の患者さんでは発作性夜間呼吸困難まで聞いてみよう」(⑤修正)

注目してほしいのは、①と②が先に来ることです。いきなり教えたくなるのを我慢して、まず学習者にコミットさせる。これによって指導医は「この学生はどこでつまずいているか」を診断でき、③以降の教育内容を学習者の現在地に合わせられます。答えを与える前に質問で考えさせる——これは、熟達者の思考プロセスを見えるようにしながら学習者を段階的に引き上げる認知的徒弟制の発想そのものです。

SNAPPS — 学習者が主導権を握る型

One-Minute Preceptorは指導医が対話を運転します。これに対してSNAPPS(Wolpawらが2003年に提唱)は、学習者側が運転する型です。学習者が次の6ステップで症例を提示します。

頭文字ステップ学習者がすること
SSummarize症例を簡潔に要約する(3分以内)
NNarrow鑑別を2〜3個に絞る
AAnalyze鑑別同士を比較・分析する
PProbe分からない点を指導医に質問する
PPlan患者のマネジメント計画を立てる
SSelect自分で調べる学修課題を選ぶ

使い分けの目安は学習者の成熟度です。臨床推論の経験が浅い低学年にはOne-Minute Preceptorで足場かけをし、鑑別をある程度組み立てられる高学年や研修医にはSNAPPSで自己調整学習を促す。研修医が学生を教え、指導医が研修医を教える屋根瓦式教育の中では、「研修医にはSNAPPSで提示させ、その研修医が学生に接するときはOne-Minute Preceptorの5スキルを使わせる」という重ね方もできます。教えることは最良の学びでもあります。

屋根瓦が段々に重なる様子で、研修医が学生を教え指導医が研修医を教える階層的な教育構造を表した図 図: 屋根瓦式教育——研修医が学生を、指導医が研修医を教える重なりの構造

フィードバック — 「したつもり」が届かない理由

臨床教育の調査で繰り返し観察される現象があります。指導医は「自分は頻繁にフィードバックしている」と答えるのに、同じ現場の学習者は「フィードバックをほとんど受けていない」と答えるのです。この食い違いの正体は多くの場合、指導医の言葉が曖昧すぎて、学習者にはフィードバックとして認識されていないことにあります。「良かったよ」「まあ大丈夫」は、学習者の耳には社交辞令として処理されます。

的に届く矢と途中で霧散する雲の対比で、届くフィードバックと届かないフィードバックの違いを表した図 図: 具体的なフィードバックは矢のように届くが、曖昧な言葉は霧散して学習者に届かない

届くフィードバックの条件を整理します。

条件✕ 届かない例○ 届く例
具体的「プレゼン良かったよ」「主訴から現病歴への流れが時系列で整理されていた」
行動ベース「君は消極的だね」(人格評価)「回診で自分から所見を言う場面が今週なかった」(行動)
タイムリー実習最終日にまとめてその日のうちに、その場で
観察に基づく「たぶん聴診が雑なんだろう」(推測)「さっき見ていたら、坐位での聴診を省略していた」(直接観察)
改善可能なことに絞る一度に7項目指摘次に変えられる1〜2点だけ

もう一つ、条件表には載らない土台があります。心理的安全性です。「ここで間違えたら評価が下がる」と感じている学習者は、①の「考えを言わせる」で当たり障りのない答えしか出さず、修正フィードバックは耳を素通りします。「間違えていい。間違いはここで直すためにある」というメッセージを、言葉と態度の両方で先に渡しておくこと。ステップ④(強化)が⑤(修正)より先にあるのは、この土台づくりと無関係ではありません。なお、これは形成的評価の話であり、成績づけ(総括的評価)とは目的が違う——この区別は評価編(評価1)で詳しく扱います。

K教授の再設計ノート

K教授は、設計4で講義を作り替えた勢いのまま、自分の病棟での振る舞いを振り返ってみました。思い当たることがありました。実習の学生が心不全患者を提示すると、途中で遮って自分が病歴を聞き直し、最後に10分間のミニ講義をしていたのです。学生は黙ってメモを取るだけ。「あれでは、学生の頭の中を一度も見ていなかった」。

翌週から、K教授は5つのマイクロスキルを試しました。「君の診断は?」「どの所見から?」——最初の学生は目を白黒させましたが、「間違えていいから、まず自分の考えを言ってみて。それを直すのが実習だから」と付け加えると、たどたどしく「うっ血性心不全……ですか」と答えました。根拠を聞くと、頸静脈怒張を見ていないことが分かる。そこでK教授は原則を一つだけ教え、「体重の推移を自分から確認していたのは良かった」と具体的に伝え、「次の患者さんでは頸静脈を一緒に見よう」と締めました。所要4分。以前のミニ講義より短いのに、学生の顔つきが違いました。月末には、6年生にはSNAPPSで提示させ、その6年生に4年生への声かけを任せる屋根瓦の一段目もできつつあります。

まとめ

外来や病棟のすきま時間は、型さえあれば十分に教育の場になります。One-Minute Preceptorの5つのマイクロスキル——考えを言わせる、根拠を探る、一般原則を教える、できた点を強化する、誤りを修正する——を使えば、3分の対話でも学習者の思考を診断し、現在地に合わせた指導ができます。学習者が育ってきたらSNAPPSで主導権を渡し、自己調整学習へつなげましょう。そしてフィードバックは、具体的・行動ベース・タイムリー・観察に基づく・改善可能なことに絞る、の条件を満たして初めて届きます。「したつもり」と「受け取った」の間の溝を埋めるのは、心理的安全性という土台です。まず次の外来で、「あなたの診断は何だと思う?」の一言から始めてみてください。

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