「この巨大な表は何ですか」
シラバス作成の季節、教務課からの依頼メールに見慣れない添付ファイルがついてくることがあります。「カリキュラム・マップをご確認のうえ、到達目標をご記入ください」。開くと、画面に収まりきらない巨大な表。縦には1年次から卒後までの科目名、横には「I-1」「V-7」といった記号つきの文言が46列、セルにはA〜Eのアルファベット——「この巨大な表は、いったい何ですか」。科目を新しく引き継いだ先生から毎年のように受ける質問です。
答えを先に言えば、これは本学の教育プログラム全体の設計図です。設計2で、科目のアウトカムは卒業コンピテンシーから学年、科目へとカスケードして導くという原則を扱いました。今回はその各論——本学の実物、医学科の6つのコンピテンスとカリキュラム・マップを実際に読み、自分の科目をその中に正しく置くところまでを歩きます。
コンピテンス・コンピテンシー・学修目標 — 用語の階層
まず言葉を整理します。似た言葉が三層になっているので、ここが曖昧だとマップは読めません。
| 階層 | 指すもの | 粒度の目安 |
|---|---|---|
| コンピテンス | 卒業時に保証する大きな能力の領域 | 本学では6領域(I〜VI) |
| コンピテンシー | 各領域を構成する、観察可能な能力の要素(細目) | 本学では計46細目 |
| 学修目標 | 科目・各回レベルの、行動動詞で書かれた文 | 設計3で扱った「〜できる」の文 |
なお、この2語の使い分けは文献によって揺れがありますが、本稿では本学の用法(領域=コンピテンス、細目=コンピテンシー)で統一します。
この階層の背後にあるのが、コンピテンシー基盤型医学教育(CBME)の考え方です。従来の医学教育は時間基盤——6年間在籍して単位を積めば卒業——で、何ができるようになったかを保証していませんでした。CBMEはこれを能力基盤に転換し、卒業時に社会へ約束する学修成果を先に定義して、そこへの到達で卒業を保証します。設計2のアウトカム基盤型教育を、医師養成の文脈で観察可能なコンピテンシーの束として具体化したものです。もう一つの柱が、能力は一度に完成せず段階を踏んで育つというマイルストーン的発想。「できる/できない」の二値でなく「どの段階まで来たか」を言語化して追跡します。本学のパフォーマンスレベルA〜Eは、この発想の実装です。
図: 大きな出口(コンピテンス)が観察可能な細目(コンピテンシー)に分かれ、科目の学修目標になる。
本学の6つのコンピテンス — 46細目の構造ツアー
本学医学科の卒業時コンピテンシーは6領域46細目。全文と細目の一覧は本サイトのコンピテンスページで読めます(カリキュラム・マップの全表PDFも同ページ)。ここでは構造だけつかみましょう。
| 領域 | 細目数 | 性格 |
|---|---|---|
| I プロフェッショナリズム | 10 | 態度・価値観の領域 |
| II 社会的役割の実践 | 7 | 社会・チームの中での実践。横断的 |
| III 科学的探究心 | 6 | 研究・EBM・生涯学習。横断的 |
| IV 応用可能な医学的知識 | 6 | 知識系。座学科目の主戦場 |
| V 医療実践技能 | 12 | 実践系。最多の12細目 |
| VI グローバルな視点 | 5 | 国際性・多様性。横断的 |
眺めると性格の違いが見えてきます。IVは講義科目の主戦場となる知識系、Vは細目数最多の実践系で、主に臨床実習が引き上げる領域。Iは特定の科目というより6年間の全体が育てる態度系。II・III・VIは横断系で、複数の科目に薄く広がります。自分の科目と相性のよい領域は、この時点でおおよそ見当がつくはずです。
Vには、設計の物語がもう一段あります。本学のコンピテンシーは、教員がグループで領域を分担するワークショップ形式で作成されました。学生と指導者が同じ言葉で到達段階を共有し、学生がチーム医療の一員として参加を深めていく——その土台となるように置かれた領域です。
レベルの線引きが何を基準にしているかも、表を読むと分かります。D は「経験する機会はあるが単位認定に関係ない」、E は「経験する機会がない」。つまり A から E は、抽象的な習熟度の目盛りではなく、その科目で単位認定の対象になるかどうかで引かれた線です。なお D・E があるのは領域Ⅱ〜Ⅵで、領域Ⅰ プロフェッショナリズムにはこの2段がありません——態度の領域は、どの科目でも評価の対象から外れない、という設計です。
[!note] 出典 「パフォーマンスレベル(2025)」および「コンピテンス・コンピテンシー一覧(2025)」による。
パフォーマンスレベルの読み方 — 縦と横
46細目それぞれに、パフォーマンス(修得)レベルA〜Eが定義されています。領域Vの定義を例に見ましょう。
| レベル | 領域Vでの定義 |
|---|---|
| A | 自発的に実践できる |
| B | 指導下で実践できる |
| C | 基盤となる知識、態度、技能を修得している |
| D | 経験する機会はあるが単位認定に関係ない |
| E | 経験する機会がない |
(領域IIのみ、Cの段階がC1/C2の2段に分かれています。)
カリキュラム・マップは、この46細目×全科目の各セルに「その科目がどのレベルまで引き上げるか」を書き込んだ表です。読み方は2方向あります。
縦に読むと、自分の科目の責任範囲が分かります。自科目の列を見れば、「IVの細目◯◯をCまで、IIIの細目◯◯をDまで」と、担当する細目と到達レベルのリストが得られます。これがそのまま科目アウトカムの原材料です。
横に読むと、1つの細目の成長曲線が見えます。Vのある細目を横にたどれば、低学年のEからD、実習前のC、実習でのBを経てAへ——6年間かけて育つ軌跡が読み取れます。
この2方向を合わせると、一つの比喩に行き着きます。科目とは、担当する細目のレベルを1段引き上げる装置です。どの科目もすべての細目を担うわけではなく、Aまで引き上げる必要もありません。前の科目が渡してきたレベルを受け取り、1段上げて、次の科目に渡す。リレーの1区間です。
DとEの意味も正直に押さえましょう。自科目の学年でEやDの細目は、まだ自分の科目の責任範囲ではない、とマップが宣言しています。手抜きの口実ではなく、6年間の分業の明示です。全科目が全部を担えば、どの科目も何も保証しないという設計1の状況に逆戻りします。
図: 細目はE→Aへ6年間かけて育つ。科目は担当区間でレベルを1段引き上げる装置。
出口の二本柱 — コアカリと本学コンピテンス
科目が参照すべき出口はもう一つあります。モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)——10の資質・能力の下に595の学修目標が整理された国家標準です。本サイトのコアカリブラウザで、資質・能力から学修目標まで降りていけます。
つまり出口は二本柱です。コアカリは全国どの医学部を出ても保証されること、本学の6コンピテンスは本学が育てたい医師像。科目設計はこの二本から逆算します——設計2の逆向き設計の第1段階「求める結果の明確化」を、本学の実物でやることに他なりません。
一点、正直な注意を。46細目とコアカリの資質・能力の対応表は、公式にはまだ整理されていません。安易に一対一で結びつけず、当面は二本柱をそれぞれ参照してください。自分の科目がコアカリのどの学修目標をカバーし、本学のどの細目を引き上げるのか——2つの問いに別々に答えられれば十分です。
自分の科目をマップに置く3ステップ
では実践です。手元にカリキュラム・マップの全表を開いてください。
ステップ① 自科目の列を探す。 自分の科目の列を見つけます。担当科目が複数あれば、まず主担当の1つで構いません。
ステップ② 担当する細目とレベルを確認する。 列を縦に読み、レベルが入っている細目を書き出します。「IV-◯をCまで」「III-◯をDまで」のようなリストになるはずです。隣の学年の列も一瞥し、受け取るレベルと引き渡すレベルを確認しておくと、位置づけが立体的になります。
ステップ③ レベルを行動動詞に翻訳する。 ここで設計3が合流します。レベルの言葉はそのままでは学修目標にならないので、行動動詞に翻訳します。
| マップ上のレベル | 学修目標の行動動詞の目安 |
|---|---|
| C(基盤となる知識・態度・技能を修得している) | 列挙できる/説明できる/分類できる |
| B(指導下で実践できる) | 実施できる/解釈できる/評価できる |
担当がCなら目標は「列挙できる」「説明できる」の水準、Bを担う実習科目なら「実施できる」「解釈できる」まで踏み込む。たとえば臨床実習側の科目がVの細目(例: 身体診察)をBまで担うなら、目標は「指導医の監督下で、系統的な身体診察を実施できる」——任せられる行動の言葉まで書き切ります。逆に、Cの科目が「実践できる」と書くのはマップとの不整合です。目標・授業・評価を揃える構成的整合は、その上流の「目標とマップの整合」が取れて初めて完成します。
K教授の再設計ノート
K教授は、教務課から届いたカリキュラム・マップで「循環器」の列を初めて縦に読んでみました。担当としてレベルが入っていたのは主にIV(応用可能な医学的知識)の細目で、求められているのはC〜D。一方、V(医療実践技能)の細目は、自科目の学年ではE〜D——身体診察や臨床推論の実践は、この学年ではまだ「機会がない」か「単位認定には関係しない」設計だったのです。
K教授ははっとしました。設計1以来悩んできた「試験で高得点なのに病棟で動けない」は、マップの上では設計どおり。Vの細目をBやAへ引き上げる責任は、後の学年の臨床実習に割り当てられていたのです。
ただし、無罪放免ではありませんでした。設計2・設計3で書き直した自分の目標文を見返すと、「心不全患者の重症度を病態に基づいて評価できる」——Vの言葉に踏み込んだ文が混ざっていました。マップ上の担当はIVのC。ならば目標は「重症度分類とその病態的根拠を説明できる」までが自分の区間で、実践への引き上げは後続の実習に渡すバトンです。K教授はノートにこう書きました。「私の科目は6年間のリレーの一走者だった。全区間を一人で走ろうとして、自分の区間を曖昧にしていた」。
まとめ
第一に、出口は二本柱。国家標準のモデル・コア・カリキュラムと、本学の6コンピテンス46細目。科目はこの二本から逆算して設計します。第二に、科目はレベルを1段引き上げる装置。マップを縦に読めば自分の責任範囲、横に読めば細目が6年間で育つ成長曲線が見えます。EやDの細目は、まだあなたの区間ではありません。第三に、目標はレベルの言葉で書く。Cなら「説明できる」、Bなら「実施できる」——レベルを行動動詞に翻訳したとき、学修目標は初めてプログラムと接続します。
カスケードの原則は設計2で、行動動詞の技術は設計3で扱いました。本モジュールはその2つを本学の実物の上でつなぐ回です。次にシラバスを書くときは、設計2・設計3とあわせて、まずコンピテンスページで自分の科目の列を確かめるところから始めてください。
さらに学ぶために
- Frank JR, Snell LS, ten Cate O, et al. Competency-based medical education: theory to practice. Med Teach, 2010 — CBMEの国際コンセンサス論文。時間基盤から能力基盤への転換の論理がコンパクトにまとまっています。
- ten Cate O. Entrustability of professional activities and competency-based training. Med Educ, 2005 — 信頼して任せられる専門業務(EPA)の原典。コンピテンシーを臨床現場の「任せられる業務」に翻訳する発想は、マップの読み方の先にある世界です。
- Harden RM. AMEE Guide No. 21: Curriculum mapping: a tool for transparent and authentic teaching and learning. Med Teach, 2001 — カリキュラム・マップの原典的ガイド。マップが教員・学生双方に何をもたらすかを整理しています。
- 医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)(2022) — 出口の二本柱のもう一方。本サイトのコアカリブラウザとあわせてどうぞ。