シラバス提出締切、前日の夜に
年度末、教務課から「来年度シラバス入力のお願い」というメールが届きます。締切前夜、多くの先生がまず開くのは「授業内容」の欄ではないでしょうか。第1回は総論、第2回は解剖と生理、第3回は……と、教える内容を15コマに割り付けていく。教科書の章立てと昨年のスライドがあれば、1時間もあれば埋まります。最後に「到達目標」の欄に「〇〇について理解する」と書いて提出——。
この書き方、実は順序が逆なのです。「授業内容」欄から書き始めたシラバスは、「何を教えるか」は決まっていても「学生が何をできるようになるか」が決まっていません。前回のモジュールで見た「教えたのに、できるようになっていない」問題の根は、多くの場合ここにあります。今回は、この順序を正しくひっくり返す2つの考え方——アウトカム基盤型教育と逆向き設計を扱います。
従来型とOBE — 何を固定し、何を変動させるか
アウトカム基盤型教育(Outcome-Based Education, OBE)は、Hardenらが1999年のAMEE Guide No. 14で医学教育に体系的に導入した考え方で、一言でいえば「出口から設計する教育」です。従来型(内容基盤型)との違いは、「何を固定し、何の変動を許すか」に集約できます。
図: 従来型は時間・内容を固定して成果が変動するのに対し、OBEは成果(アウトカム)を固定する
| 従来型(内容基盤型) | アウトカム基盤型教育 | |
|---|---|---|
| 出発点 | 教える内容(教科書の章立て、専門家の関心) | 卒業時・修了時に学生ができるべきこと |
| 固定するもの | 時間(15コマ)と内容(進度表) | 成果(アウトカム) |
| 変動を許すもの | 学生の到達度(60点でも95点でも単位) | 到達までの経路・方法・(理念上は)時間 |
| 教員の問い | 「今日は何を教えようか」 | 「学生は何ができるようになったか」 |
| 質の保証 | 「教えたこと」の記録(シラバス消化) | 「できるようになったこと」の証拠(評価) |
従来型では、時間割と進度表という「入力」を守れば教育の責任を果たしたことになり、結果として学生の到達度はバラつくに任されます。OBEはこれを逆転させます。到達すべき成果を先に固定し、そこに全員を到達させるために内容・方法・評価を組み立てる。医師国家試験や卒後研修という「出口」が明確に存在する医学教育は、本来OBEと最も相性の良い領域です。実際、分野別認証評価でも、教育プログラムがアウトカム基盤で設計されていることは前提として求められています。
大事なのは、OBEが「教える内容を減らせ」という話ではないことです。内容は依然として重要です。ただし内容は「教える理由が出口で説明できるもの」として選ばれるようになります。この選択の規律こそがOBEの実質です。
逆向き設計 — 3段階の思考順序
では、出口から設計するとは具体的にどう進めるのか。その手順を最も明快に定式化したのが、WigginsとMcTigheの逆向き設計(Understanding by Design)です。「逆向き」と呼ばれるのは、多くの教員が自然にやってしまう順序(内容→授業→試験)の逆をたどるからです。
図: 逆向き設計は山頂(求める結果)から逆算し、評価、学修経験の順にルートを引く
| 段階 | 問い | 具体的な作業 |
|---|---|---|
| ① 求める結果の明確化 | 学修を終えた学生は何ができるべきか | 科目アウトカム・学修目標の言語化 |
| ② 承認できる証拠の決定 | できるようになったことを、何を見て認めるか | 評価方法・合格基準の設計 |
| ③ 学修経験の計画 | その証拠を出せるようになるには、何を経験させるか | 講義・実習・課題の配列 |
多くの先生にとって直感に反するのは、評価(②)を授業計画(③)より先に決めるという点でしょう。しかし考えてみてください。「心不全患者の病態を評価できる」というアウトカムを掲げながら、試験が用語の暗記を問うMCQだけなら、学生は合理的に暗記へ向かいます。学生の学修行動を実際に規定するのは、シラバスの美しい文言ではなく「試験に何が出るか」です。だからこそ、評価をアウトカムの直後に決めておかないと、③で計画した学修経験がどれほど工夫されていても、学生はそこに本気を投じません。アウトカム・評価・学修経験の三者を揃えるこの考え方は、後のモジュールで構成的整合として詳しく扱います。逆向き設計は、その整合を最初から作り込むための手順だと言えます。
実践則として覚えていただきたいのは一つだけです。シラバスの「授業内容」欄から書き始めてはいけない。 まず到達目標(アウトカム)、次に成績評価方法、最後に授業内容。書く順序を変えるだけで、シラバスは「進度表」から「設計図」に変わります。
アウトカムはどこから来るのか — カスケードという考え方
もう一つ、科目責任者が押さえておくべき構造があります。科目アウトカムは、教員個人の思い入れだけで白紙から書くものではなく、上位の目標からカスケード(段階的に展開)して導くものだ、という点です。
図: 科目アウトカムは卒業コンピテンシーから学年・科目へとカスケードして導かれる
- 卒業コンピテンシー(各大学のディプロマ・ポリシーに対応する、卒業時に保証する資質・能力)
- ↓ 学年・フェーズのアウトカム(例: 4年次終了時=臨床実習開始前に何ができるか)
- ↓ 科目・ユニットのアウトカム(例: 「循環器」ユニット終了時に何ができるか)
- ↓ 各回の学修目標(次のモジュールで扱います)
国レベルの参照枠が、モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)です。この改訂では「未来の社会や地域を見据え、多様な場や人をつなぎ活躍できる医療人」を掲げ、プロフェッショナリズム、総合的に患者・生活者をみる姿勢、専門知識に基づいた問題解決能力、情報・科学技術を活かす能力など、卒業時に求められる資質・能力が第一階層に置かれました。章立て自体がアウトカム基盤に再編成されているのです。自分の科目のアウトカムを書くときは、(1)自学のディプロマ・ポリシーおよびコンピテンシー、(2)モデル・コア・カリキュラムの資質・能力、この2つと線でつながっているかを確認してください。「この科目は卒業コンピテンシーの何番に、どう寄与するのか」に答えられれば、その科目はプログラムの中で存在理由を説明できる科目になります。
K教授の再設計ノート
前回、K教授は「平均85点なのに病棟で心不全患者を評価できない」という矛盾に気づきました。今回、K教授は初めて「授業内容」欄を閉じ、白紙のノートに一つの問いを書きます——「循環器ユニットを終えた4年生は、何ができるべきか?」
最初に浮かんだのは「循環器疾患を理解している」でした。しかしこれでは出口の像が結べません。K教授は、5年生の病棟実習で学生に実際にやらせたいことから逆算してみました。すると出てきたのは「胸部症状を訴える患者について、病歴と身体所見から鑑別診断を挙げ、必要な初期検査を選択し、その結果を解釈できる」「心不全患者の重症度を病態に基づいて評価できる」という文でした。書いてみて、K教授は愕然とします。12コマの講義のうち、この出口に直結しているのは半分もない。一方、試験で配点の高かった細かい薬理の暗記は、出口の文のどこにも現れない。
さらにK教授は、大学のディプロマ・ポリシーとモデル・コア・カリキュラムの資質・能力を初めて通読し、自分の科目が「専門知識に基づいた問題解決能力」の育成を担うピースであることを確認しました。ノートの最後にK教授はこう書きました。「教える内容のリストは持っていた。しかし出口の像は、20年間持っていなかった」。次回、この出口像を測定可能な学修目標に磨き込みます。
まとめ
本モジュールの要点を振り返ります。第一に、アウトカム基盤型教育とは、従来型が固定してきた「時間と内容」ではなく「成果」を固定する設計思想であり、「教えたか」ではなく「できるようになったか」を教育の責任の単位とする考え方でした。第二に、その設計手順が逆向き設計です。①求める結果の明確化、②承認できる証拠(評価)の決定、③学修経験の計画——この順序、特に評価を授業計画より先に決めることが、学生の学修行動をアウトカムに向けて揃える鍵でした。第三に、科目アウトカムは孤立して書くものではなく、ディプロマ・ポリシーに示された卒業コンピテンシーから学年、科目へとカスケードさせ、モデル・コア・カリキュラムの資質・能力と接続して初めて、プログラムの中で意味を持ちます。
次にシラバスを書くとき、「授業内容」欄から始めない——まずはそれだけで十分です。あなたの科目の「出口の一文」を書くところから、設計は始まります。
さらに学ぶために
- Harden RM, Crosby JR, Davis MH. AMEE Guide No. 14: Outcome-based education (1999) — OBEの原典的ガイド。「なぜアウトカムか」の論理を医学教育の文脈で最も明快に示しています。
- Wiggins G, McTighe J. Understanding by Design (2005) — 逆向き設計の原典。3段階の設計テンプレートと豊富な実例が載っており、①→②→③の思考を体で覚えられます。
- Biggs J, Tang C. Teaching for Quality Learning at University (2011) — アウトカム・評価・教授法を揃える構成的整合の主著。本講座の背骨にあたる一冊です。
- 医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)(2022) — 日本の医学部教育の共通参照枠。まず第1章の資質・能力の一覧だけでも、自分の科目と照らして眺める価値があります。
- Miller GE. The assessment of clinical skills/competence/performance. Academic Medicine (1990) — 「知っている」と「できる」を分けるピラミッドの原典。評価編への橋渡しとして。