深夜、シラバスの空欄の前で
来年度のシラバスを書いていて、「到達目標」の欄でペンが止まった経験はありませんか。とりあえず「循環器疾患を理解する」と打ち込んで、次のコマへ進む。締め切りに追われた深夜、たいていの目標欄はこうして埋まっていきます。
責める話ではありません。私たちの多くは、目標の「書き方」を誰かに習ったことがないのです。教わっていないことを我流でやっていれば、それらしい言葉に落ち着くのは自然なことです。
けれど、その一文がのちのち効いてきます。学期末、試験問題を作るときに「さて、何を出そうか」と白紙から悩むのは、目標が問題の設計図になっていないからです。実習で学生に何を求めればいいか迷うのも、同じ根っこから来ています。前回のモジュールで見た逆向き設計は、まず「学生が最後に何をできればよいか」を決めるところから始まりました。今回はその「できること」を、誰が読んでも同じ到達点を思い描ける言葉にする作業です。
なぜ「理解する」では測れないのか
「循環器疾患を理解する」という目標を、三つの問いにかけてみます。
- 観察できますか。 「理解している」状態は、学生の頭の中にあります。外からは見えません。
- 測定できますか。 理解の量を測るものさしがありません。80%理解した学生と60%理解した学生を、どう見分けるのでしょう。
- 到達を判定できますか。 どこまでいけば「理解した」ことになるのか、教員によって基準がばらばらです。
三つとも「いいえ」です。つまりこの一文は、目標の顔をしていますが、目標の仕事をしていません。授業をどう組むかも、試験に何を出すかも、この文からは決められないのです。
同じ問題を抱える言葉は他にもあります。「熟知する」「把握する」「認識する」「学ぶ」「知る」。どれも学生の内面の状態を指していて、外から確かめられません。目標を書くときの最初のチェックは、たった一つ。「これは外から観察できる行動か?」 です。
図: 「理解する」は霧の中の目標、観察できる行動動詞は誰が見ても同じ到達点を指す標識
GIO と SBO — 二階建てで考える
目標を測れる形にする前に、目標には二つの層があることを押さえておきます。
一般目標(GIO: General Instructional Objective)は、その科目やユニットが目指す大きな方向を示す一文です。多少抽象的でかまいません。学生と教員が「この科目は結局どこへ向かうのか」を共有するための、いわば北極星です。
個別行動目標(SBO: Specific Behavioral Objective)は、その北極星に近づくために学生が具体的に「できるようになること」を、観察可能な行動で書いたものです。一つの一般目標の下に、複数の個別行動目標がぶら下がります。
図: 目標は二階建て——上の階のGIOが方向を示し、下の階のSBOが到達を測れる形にする
| 一般目標(GIO) | 個別行動目標(SBO) | |
|---|---|---|
| 役割 | 科目の方向を示す | 到達を測れる形にする |
| 粒度 | 大きい・包括的 | 小さい・具体的 |
| 数 | ユニットに1〜数個 | その下に複数 |
| 文末 | 「〜できるようになる」 | 「〜を列挙できる」「〜を鑑別できる」 |
| 測れるか | 直接は測りにくい | 測れる(測るために書く) |
例えば一般目標が「心不全患者を評価し、初期対応を判断できるようになる」だとすれば、その下に「心不全の主要な症状と身体所見を列挙できる」「胸部X線写真から心不全を示唆する所見を指摘できる」「NYHA分類を用いて重症度を判定できる」といった個別行動目標が並びます。試験で問えるのも、実習で確かめられるのも、この下の階のほうです。
ブルーム・タキソノミーと行動動詞
個別行動目標を書く鍵は、行動動詞の選び方です。そして動詞を選ぶには、その目標がどのくらいの高さの思考を求めているのかを意識する必要があります。ここで使えるのがブルーム・タキソノミー(改訂版)です。人間の認知を、低い順に六つの水準で整理した枠組みです。
図: ブルーム・タキソノミー(改訂版)の六水準——優劣ではなく、育てたい思考の高さに動詞を合わせるための階段
| 水準 | 求める思考 | 行動動詞の例 | 循環器での例文 |
|---|---|---|---|
| 記憶する | 事実を思い出す | 列挙できる/挙げられる/述べられる | 心不全の主要症状を列挙できる |
| 理解する | 意味をつかむ | 説明できる/要約できる/区別できる | フランク・スターリング機序を説明できる |
| 応用する | 新しい場面で使う | 適用できる/計算できる/選択できる | 症例の腎機能に応じて利尿薬量を選択できる |
| 分析する | 要素に分けて関係を見る | 鑑別できる/比較できる/分類できる | 心原性と非心原性の呼吸困難を鑑別できる |
| 評価する | 根拠に基づいて判断する | 批判できる/評価できる/優先順位をつけられる | 治療方針の妥当性を根拠に基づいて評価できる |
| 創造する | 新しいものを組み立てる | 設計できる/立案できる/統合できる | 退院後の管理計画を立案できる |
ここで大切なのは、六水準に優劣はないということです。「創造する」が偉くて「記憶する」が下等なのではありません。基礎医学の科目では「記憶する」「理解する」が中心になって当然ですし、臨床実習では「応用する」以上が主役になります。育てたい能力に高さを合わせる——それがこの表の使い方です。
そして「理解する」の水準にも、ちゃんと測れる動詞があることに注目してください。「理解する」ことそのものは測れませんが、「説明できる」「区別できる」なら測れます。内面の状態を、外に出る行動に翻訳する——これが目標を書くという作業の核心です。
ライブ添削 — 悪い目標を良い目標に
理屈がわかっても、実際に書くのは別の技術です。三つの分野で添削してみましょう。読むときは「誰が・何を・どの条件で・どこまで」の四つが揃っているかを確かめてください。
例1(基礎系・生理学)
❌ 心臓の生理を理解する
何を、どこまでできればよいのか、まるで見えません。書き直します。
✅ 心周期の各相における心室内圧・容積・弁の開閉の関係を、圧容積曲線を用いて説明できる
「何を(心周期の圧・容積・弁の関係)」「どの条件で(圧容積曲線を用いて)」「どこまで(説明できる)」が入りました。「理解する」水準の目標ですが、動詞は測れる「説明できる」に置き換わっています。
例2(臨床系・診断)
❌ 胸痛について学ぶ
これは目標というより「トピックの名前」です。内容を並べただけでは、学生が何をできればよいのかがわかりません。
✅ 急性胸痛を訴える患者について、心電図と病歴から急性冠症候群・大動脈解離・肺塞栓症を鑑別する初期方針を述べられる
「学ぶ」という測れない動詞が、「鑑別する」「述べられる」という分析水準の行動に変わりました。トピックの羅列から、判断を求める目標へと格上げされています。
例3(実習・態度と技能)
❌ 患者から適切に病歴を聴取できるようになることを教える
一見よさそうですが、罠があります。文末が「教える」——これは教員の行為です。目標は学生が主語でなければなりません。
✅ 初診患者に対し、主訴から始めて系統的に病歴を聴取し、鑑別に必要な陰性所見を含めて10分以内に要約できる
主語が学生に戻り、「どの条件で(初診患者に、10分以内で)」「どこまで(陰性所見を含めて要約)」まで指定されました。実習の評価表がそのまま書けそうな一文です。
三つの例に共通する失敗パターンを、あらためて整理しておきます。
| ありがちな失敗 | 症状 | 直し方 |
|---|---|---|
| 測れない動詞 | 「理解する」「学ぶ」「熟知する」 | 観察できる行動動詞に置換 |
| 内容の羅列 | 「胸痛について」「不整脈」 | 「その内容で何ができるか」を書く |
| 教員の行為 | 文末が「〜を教える/指導する」 | 主語を学生に、「〜できる」に |
| 水準の不一致 | 目標は「鑑別できる」なのに試験は暗記問題 | 動詞の水準と評価方法を合わせる |
K教授の再設計ノート
K教授は前回、循環器ユニットのアウトカムを「心不全を疑う患者を評価し、初期対応を判断できる」と書き直しました。今回はその下の、12コマ分の個別行動目標に取りかかります。
古いシラバスを開くと、案の定「心不全の病態生理を理解する」「弁膜症を学ぶ」「不整脈の知識を身につける」——測れない動詞と、トピックの羅列が並んでいました。K教授はブルーム・タキソノミーの表を横に置き、一つずつ翻訳していきます。
「心不全の病態生理を理解する」は、「フランク・スターリング機序を用いて、心不全における前負荷・後負荷の変化を説明できる」(理解する)に。そして病棟で学生ができなかったことを思い出し、上の水準の目標を一つ加えます。「胸部X線・BNP・身体所見を統合して、心不全の可能性を評価できる」(評価する)。
書きながらK教授は気づきます。12コマのうち10コマが「記憶する」「理解する」水準に固まっていて、実習で必要な「応用する」「評価する」の目標がほとんどなかった。成績は良いのに病棟で動けない理由が、目標の水準の偏りとして目の前に現れたのです。「まず、上の水準の目標を三つ増やそう」——K教授は赤ペンでそう書き込みました。授業をどう変えるかは、次のモジュールの宿題です。
まとめ
目標を書くという地味な作業が、なぜ科目全体を左右するのか。それは、目標が測れる言葉で書かれて初めて、授業も試験も実習も「同じ到達点」を目指せるからです。「理解する」「学ぶ」は、外から観察できず、到達も判定できないので、目標の仕事ができません。まず一般目標で科目の方向を示し、その下に個別行動目標を、観察可能な行動動詞で並べる——この二階建てが基本の型でした。
行動動詞を選ぶときは、ブルーム・タキソノミーの六水準を思い出してください。水準に優劣はなく、育てたい思考の高さに動詞を合わせるのが要点です。「誰が・何を・どの条件で・どこまで」が揃っているか、そして主語が学生になっているか——この二点を確かめるだけで、目標の質は大きく変わります。K教授が発見したように、書き直した目標を並べてみると、自分の科目が本当は何を育てていたのか(あるいは育てていなかったのか)が見えてきます。次回は、その目標を実現する授業のつくり方に進みます。
さらに学ぶために
- Biggs J & Tang C, Teaching for Quality Learning at University (第4版, 2011) — 目標・授業・評価を一直線に揃える「構成的整合」の原典。目標を測れる動詞で書く意味が、教育全体の設計の中で腑に落ちます。
- Anderson LW & Krathwohl DR (編), A Taxonomy for Learning, Teaching, and Assessing (2001) — ブルーム・タキソノミー改訂版そのもの。六水準と各水準の動詞を、原典で確認したいときに。
- Harden RM, “AMEE Guide No. 14: Outcome-based education” (Medical Teacher, 1999) — 医学教育で学修成果をどう記述するかを扱った定番ガイド。目標をアウトカムの言葉で書く発想の背景がわかります。
- 医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)— 日本の医学教育が学修目標をどの水準・粒度で記述しているかの実例集。自分の科目の目標を国内標準と照らし合わせるときに。