教授会で成績表を眺めたことはありますか
年度末の教授会。配布された資料に、学年全体の科目別成績一覧が載っています。ある科目は平均85点で、不合格者はゼロ。その隣の科目は平均62点で、再試験対象者が2割を超えています。受けているのは、まったく同じ学生集団です。

図: 同じ学生集団でも、科目が違えば成績分布はここまで変わる
この光景を見て、私たちはつい考えます。「あの科目は簡単すぎるのでは」「うちの学生は○○が苦手なのだろう」。しかし少し立ち止まってみてください。同じ学生たちが、科目によって「優秀な集団」に見えたり「学力不足の集団」に見えたりする——これは本当に学生の問題でしょうか。
答えは多くの場合、ノーです。成績のばらつきの主な源は、学生ではなく、科目のつくられ方にあります。この最初のモジュールでは、そのからくりを解きほぐし、講座全体を貫く一つの設計原理——構成的整合——を紹介します。
ばらつきは「独立設計」から生まれる
医学部の一つの科目は、通常3つの意思決定でできています。
- 何を目指すか(学修目標の設定)
- どう教えるか(教育方略の選択)
- どう測るか(評価の設計)
問題は、この3つが多くの場合、別々の論理で、別々のタイミングで、時には別々の人によって決められていることです。シラバスの目標欄は前任者の文章を引き継ぎ、講義は各担当者が自分の専門と持ちネタで組み立て、試験問題は締切前夜に「講義で話したこと」から作られる。それぞれの担当者は誠実に仕事をしているのに、全体としては誰も設計していない——これが多くの科目の実態です。

図: 目標・教育方略・評価が「3つの孤島」として別々に決められている構造
さらに科目間では、この3つの決め方が科目ごとに完全に独立しています。試験の難易度も、合格ラインの意味も、問う認知レベル(暗記か、応用か)も、科目責任者の裁量です。同じ学生集団の成績が科目によって20点以上ずれるのは、測っているものさし自体が科目ごとに違うからです。ばらつきは学生の能力の反映ではなく、設計の不在の反映なのです。
内容基盤型と設計思考 — 出発点が違う
では、どうすればよいのでしょうか。鍵は、科目づくりの「出発点」を変えることです。
| 内容基盤型 | 設計思考(アウトカム基盤型教育) | |
|---|---|---|
| 出発点 | 教員が教えたい内容 | 学生が最終的にできるようになること |
| 問いの立て方 | 「何を話そうか」 | 「卒業時・修了時に何ができてほしいか」 |
| 講義の役割 | 知識を網羅的に伝える場 | アウトカム到達を助ける手段の一つ |
| 試験の役割 | 講義内容の記憶を確認する | アウトカムに到達したかを確かめる |
| 成績の意味 | 講義をどれだけ覚えたか | 目指す能力にどれだけ近づいたか |
従来の多くの科目は左の列、すなわち内容基盤型です。教員の頭の中にある「教えるべき内容リスト」から出発し、それを講義に割り付け、最後に試験でその記憶を確認します。この方式の弱点は、「内容を覚えたこと」と「現場で使えること」の間にある溝を、誰も埋めていないことです。
一方、右の列の発想——アウトカム基盤型教育——は、出口から始めます。「この科目を終えた学生は、何ができるようになっているべきか」をまず言葉にし、そこから逆算して教え方と測り方を決める。日本の医学教育でも、モデル・コア・カリキュラムが卒業時に求められる資質・能力を起点に編成されるようになり、カリキュラム全体がこの発想へ移行しつつあります。
構成的整合 — 3つの要素を一直線に
この設計思考を、一つの原理として定式化したのがオーストラリアの教育心理学者John Biggsです。彼の提唱した構成的整合(constructive alignment)は、次の3要素をそろえることを求めます。
| 要素 | 問い | 例(不整合) | 例(整合) |
|---|---|---|---|
| アウトカム(学修目標) | 学生に何ができてほしいか | 「循環器疾患を理解する」 | 「心不全患者の身体所見から重症度を評価できる」 |
| 教育方略 | その能力はどう身につくか | 一方向の講義のみ | 症例ベースの演習+講義 |
| 評価 | その能力をどう確かめるか | 暗記中心のMCQ | 症例問題+実技評価 |
「構成的」という言葉には、学生は知識を受け取るのではなく自ら構成する(自分の経験と結びつけて意味をつくる)という学習観が込められています。だからこそ、学生が実際に頭と手を動かす活動——教育方略——が、目標および評価と一直線に並んでいなければならないのです。

図: 構成的整合 — アウトカム・教育方略・評価という3本の矢を同じ的に向ける
3要素のうちどれか一つでもずれると、学生は最も合理的な行動をとります。すなわち、評価に合わせて勉強する。目標に「臨床推論」と書いてあっても、試験が暗記問題なら、学生は暗記をします。学生を動かしているのは、シラバスの美しい文章ではなく評価です。これは学生の怠慢ではなく、合理性です。設計者がその合理性を織り込んでいないだけなのです。
なお、整合の対象は期末試験のような総括的な評価だけではありません。学修の途中で現在地を知らせ、軌道修正を促す形成的評価も、同じ目標に向けてそろえる必要があります。この区別は評価1で詳しく扱います。
K教授の再設計ノート
K教授は卒後20年の循環器内科医で、4年生ユニット「循環器」の科目責任者です。科目は60分講義×12コマと期末MCQ50問で構成され、平均85点、ほぼ全員が合格します。数字だけ見れば、優等生の科目です。
ところが病棟実習で、K教授は違和感を覚えます。試験で高得点だったはずの学生が、目の前の心不全患者を評価できない。頸静脈を診ようとしない。利尿薬の作用機序は言えるのに、「この患者に今それを使うか」と問うと黙ってしまう。「あれだけ教えて、あれだけ点を取ったのに、なぜ動けないのか」——。
このモジュールの視点で見ると、K教授の科目は典型的な不整合を抱えています。暗黙の目標は「心不全患者を評価・マネジメントできる」なのに、方略は知識伝達の講義のみ、評価は知識想起のMCQのみ。学生は評価に忠実に適応し、見事に「暗記」を達成しました。85点という平均点は、教育の成功ではなく、測るべきものを測っていないことの表れかもしれない。K教授はまず、自分の科目の3要素を紙に書き出し、それぞれが何を向いているかを眺めるところから始めることにしました。
まとめ
同じ学生集団の成績が科目間で大きくばらつくのは、学生の能力差ではなく、各科目が目標・方略・評価を独立に、しばしば無自覚に決めている構造の問題です。処方箋は、教えたい内容から始める内容基盤型を離れ、学生が最終的にできるようになることから逆算する設計思考へ転換すること。そしてその中核が、アウトカム・教育方略・評価の3要素を一直線にそろえる構成的整合です。
本講座はこの原理を背骨に進みます。設計編ではアウトカム基盤型教育と逆向き設計(設計2)、測定可能な学修目標の書き方(設計3)、講義を超える教育方略(設計4)、臨床現場での指導法(設計5)を扱い、評価編では評価の基礎(評価1)、試験問題の作り方(評価2)、パフォーマンス評価(評価3)、成績分布の読み方(評価4)と進み、最後の評価5で自分の科目の整合を点検します。まずは次のモジュールで、「出口から設計する」方法を具体的に見ていきましょう。
さらに学ぶために
- Biggs J, Tang C. Teaching for Quality Learning at University. Open University Press, 2011. — 構成的整合の提唱者本人による体系的解説。本講座全体の理論的支柱です。
- Harden RM, et al. AMEE Guide No.14: Outcome-based education. Medical Teacher, 1999. — アウトカム基盤型教育を医学教育に導入した古典的ガイド。
- Wiggins G, McTighe J. Understanding by Design. ASCD, 2005. — 「出口から逆算する」逆向き設計の原典。初等中等教育発ですが医学教育にそのまま応用できます。
- 文部科学省『医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)』2022. — 日本の医学部カリキュラムが依拠する公式文書。自学部のアウトカムの源流を確認できます。