「予習してきてください」が届かない教室

グループ討論の日。事前資料を1週間前に配り、「読んでくることが前提です」と念を押しました。当日、教室を回ってみると——読んできたのは各グループに1人か2人。討論は資料を読んできた学生の独演会になり、残りはうなずくかスマホを見るか。終了後のミニレポートには「他の人の意見が聞けてよかったです」という、何も学んでいないことが透けて見える感想が並びます。

多くの先生がここで「グループワークはうちの学生には向かない」と結論づけます。しかし問題は学生でも、グループワークという形式でもありません。予習しなくても困らない構造と、働かなくても許される構造のまま討論を始めたことにあります。この2つを構造ごと解決するために設計されたのが、チーム基盤型学習(Team-Based Learning、TBL)です。

TBLは経営学者 Larry Michaelsen が、受講者が急増した自分のクラスで「大人数でも小グループの学びを成立させる」ために開発した方法で、その後、医学教育を中心に世界へ広がりました。最大の特徴は、問題基盤型学習(PBL)のようにグループごとのチューターを必要とせず、教員1名で100名超のクラスを構造的に回せることです。

1コマの時間割で見るTBL

TBLの流れは固定されています。60分1コマに収めるなら、たとえば次のような時間割です。

段階時間の目安内容
事前学習授業前指定範囲の教科書・資料・動画で個人学修
個人準備確認テスト(iRAT)約10分事前学習範囲の多肢選択問題を個人で解く
グループ準備確認テスト(gRAT)約12分同じ問題をチームで議論して解答する
解答の共有と解説約13分数チームが選んだ答えとその理由を発表し、教員が正答と要点を解説する
応用演習約25分4S原則で設計した応用課題にチームで取り組み、回答を同時公開

構造を一言でいえば、知識の伝達は授業前に済ませ、授業時間は「確認」と「応用」に全部使うということです。発想は反転授業(能動4で扱います)と同じで、TBLは反転授業の一形態と位置づけられます。ただし、TBLには決定的な追加装置があります。それが準備確認テスト(Readiness Assurance Test、RAT)です。

TBLの1コマの時間割:事前学習からiRAT・gRAT・解答の共有と解説・応用演習までの流れ

図: 60分1コマに収めたTBLの標準的な時間割

準備確認テストが事前学習を駆動する

「評価が学習を駆動する」——設計編で扱ったこの原理を、TBLは事前学習に応用します。iRATの得点が成績に入るなら、学生は読んできます。読んでこなければ、直後のgRATで仲間に貢献できないことが自分にもチームにも見えてしまいます。つまり事前学習は「お願い」ではなく、やらないと損をする構造として担保されるのです。

gRATの要は、チームで答えを1つに決め切ることと、その理由を言葉にすることです。全チームの解答が出そろったら、いくつかのチームに「なぜその選択肢を選んだのか」を説明してもらい、そのうえで教員が正答と要点を解説します。答えにコミットしてから理由を述べる、この一往復がその場の学修を生みます。

解答の共有と解説:数チームが選んだ答えと理由を発表し、教員が正答と要点を解説する

図: チームが答えの理由を説明し、教員が解説する——その場で学修が起こる一往復

RAT問題の設計原則はシンプルです。

なお、ほぼすべてのクラスで、gRATの得点はiRATの平均を上回ります。学生は毎回「チームで考えると個人より賢くなる」ことをデータで体感する——これ自体がチームへの信頼を育てる仕掛けです。

応用演習の4S原則

TBLの後半、時間の最大の塊を占めるのが応用演習です。ここでの課題設計には、4Sと呼ばれる原則があります。

原則内容ねらい
Significant(重要な問題)実際の臨床・実務に近い、取り組む価値のある問題「なぜこれをやるのか」を学生に問わせない
Same(全チーム同一問題)全チームが同じ問題に取り組むチーム間で答えを比較でき、議論の土俵がそろう
Specific choice(明確な選択)「議論しなさい」ではなく「A〜Eから1つ選べ」選択を迫られるから、議論が具体的で濃くなる
Simultaneous report(同時公開)全チームが回答を同時に提示(カード挙上・一斉投票)他チームに引きずられず、相違点から議論が生まれる

ありがちな失敗は、応用演習を「チームごとに別テーマを調べて発表」にしてしまうことです。発表形式では、他チームの発表中に聴衆は休んでしまい、議論も起きません。全チームが同じ症例で「次の一手」を迫られ、A〜Eのカードを一斉に挙げる——3班と7班で答えが割れた瞬間、「なぜそちらを選んだのか」というチーム間の議論が自然に立ち上がります。教員の仕事は正解の発表ではなく、この対立を掘り下げる進行役です。

同時公開:全チームが回答カードを一斉に挙げ、相違点からチーム間の議論が生まれる

図: 回答の同時公開が生むチーム間の議論

チームの作り方とピア評価

チーム編成にも原則があります。

そして固定チームの宿命であるフリーライダー問題に対する装置が、ピア評価です。チームメンバーが互いの貢献を評価し、その一部を成績に反映します。ただしピア評価の機能は「監視」だけではありません。学期中間に「あなたのこの発言に助けられた」「もう少し根拠を示してほしい」といったコメントを交換させれば、行動を修正する機会を与える形成的評価としても働きます。

運用上の注意を3つ挙げます。第一に、評価基準(出席・準備・議論への貢献など)を初回に明示すること。第二に、点数だけでなくコメントを必須にすること。点数のみの相互評価は感情的なしこりを残しがちです。第三に、相互評価に不慣れな学生が多い場合、最初の学期は成績に入れない形成的運用から始めること。慣らしてから配点する段階的導入が、日本の教室では特に現実的です。

まずは1コマから

TBLをカリキュラム全体に導入する必要はありません。既存科目のなかで、事前学習に適した資料がすでにある単元を1つ選び、1コマだけTBL形式にする——これが最も現実的な入口です。必要なのはRAT問題10問、応用課題2〜3問、チーム名簿、そして即時フィードバックの手段だけ。チューターの増員も、教室の改修も要りません。「教員1名・大教室・準備時間は有限」という日本の医学部の制約条件のもとで、能動学修を大人数に届ける方法として、TBLは最も費用対効果の高い選択肢の一つです。

K教授の再設計ノート

ピア・インストラクションで手応えを得たK教授は、次の一歩としてTBLを1コマだけ試すことにしました。選んだ単元は抗不整脈薬。教科書の指定範囲がまとまっており、事前学習の材料に困らないからです。

準備したのは、iRAT用の多肢選択問題10問と、応用課題2問。応用課題は「動悸で受診した心房細動の症例。この患者に最初に行う治療はどれか、A〜Eから1つ選べ」という形式にし、4S原則どおり全8チーム同一問題・回答は色カードの一斉挙上としました。gRATでは、各チームが議論して選んだ答えを色カードで示し、数チームに理由を説明してもらってから、K教授が正答と要点を解説しています。

当日、教室の景色は一変しました。iRATがあると告知しただけで、事前資料を読んでくる学生が明らかに増えた。gRATでは、普段発言しない学生が「いや、これはQT延長があるから違う」と根拠を口にする場面があり、K教授は内心驚きます。応用課題ではAとDにチームが割れ、互いに理由を主張し合う議論が教員の指示なしに始まりました。

一方で課題も見えました。それでも読んでこなかった学生が数名いたこと、そして60分に詰め込んだため応用演習が1問しか消化できなかったこと。次回はiRATの配点を明示して事前学習をさらに駆動し、RATを少し短くして応用に時間を回すつもりです。「構造が議論を作る」——それがK教授の実感でした。

まとめ

TBLは、事前学習→iRAT→gRAT→応用演習という固定構造で「予習しない」「働かない」という小グループ学修の二大障害を構造的に解決する方法です。準備確認テストが事前学習を駆動し、チームに解答の理由を説明させて教員が解説する一往復がその場の学修を生み、4S原則——重要な問題・全チーム同一問題・明確な選択・同時公開——がチーム内外の議論を設計します。チームは教員が多様に編成して5〜7名・学期固定とし、フリーライダー対策と形成的フィードバックを兼ねるピア評価は、基準の明示とコメント必須、段階的導入で運用します。チューター不要・教員1名で大人数を回せることがPBLとの最大の違いであり、導入は既存科目の1コマからで十分です。あなたの科目で、事前学習の材料がすでにそろっている単元はどこですか。

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