評価5のワークシートを書き終えた教員室の机を想像してください。整合マトリクスには×が1つ、その横には改善案 — 「暗記中心の20問を症例ベースの問題に置き換える」。ここまでは書けました。ペンを置いた瞬間、ふと疑問が浮かびます。「で、この改善案、やってみて本当に良くなったと、どう言えるんだろう?」

この問いに答えるのが、発展編第1回のテーマです。修了試験の範囲ではありません。でも、設計1から評価5までを終えたあなたに、もう一歩だけ先の景色をお見せしたいのです。

変えたら測る — 診療と同じサイクルへ

臨床の場面に置き換えると、答えはすぐに出ます。降圧薬を処方したら、次の外来で必ず血圧を測り直しますね。処方しっぱなしの医師はいません。介入したら測る。測った値を読む。読んだ結果から次の一手を決める。診療では当たり前のこのサイクルが、教育では驚くほど省略されがちです。授業を変えて、手応えがあった気がして、それで終わり — 多くの授業改善はここで止まります。

教育改善のサイクルは4つのステップで回ります。

ステップ診療でいえば教育では
変える処方・処置評価5で計画した改善の実行
測る再診時の検査試験成績・アンケート・実習評価
読む検査値の解釈前年度との比較、分布の形の変化
次を変える処方の調整改善の継続・修正・追加

いわゆるPDCAサイクルと同じ構造ですが、大がかりに考える必要はありません。合言葉は「1科目・1改善・1測定」です。1つの科目で、1つだけ変えて、1つの指標で測る。改善を同時にいくつも入れると何が効いたのか読めなくなりますし、測定を欲張ると1年目で息切れします。小さく変えて、確実に測る。これが続けられる人の共通点です。

変える→測る→読む→次を変えるの4ステップが循環する教育改善サイクルの図

図: 教育改善のサイクル — 「変える→測る→読む→次を変える」を小さく回し続ける

何をどう測るか — カークパトリックの4段階で選ぶ

「測る」と決めたら、次の問いは「何を」です。ここで役に立つのが、研修効果の古典的な枠組みであるカークパトリック・モデルです。効果を4つの水準に分けて考えます。

水準問い現実的な指標の例入手のしやすさ
1. 反応学生はどう受け止めたか授業評価アンケート、自由記述◎ すでにある
2. 学習知識・技能は身についたか試験成績の前年度比較、事前事後テスト◎ すでにある
3. 行動実践の場で行動が変わったか実習でのmini-CEX・ルーブリック評価の変化○ 実習側との連携が要る
4. 成果長期アウトカムは変わったか共用試験・国家試験の当該分野成績、卒後の評価△ 個人では追いにくい

反応・学習・行動・成果の4段階を階段状に示したカークパトリック・モデルの図

図: カークパトリックの4段階 — 上の水準ほど測りやすく、下の水準ほど説得力が増す

ポイントは3つあります。第一に、上の水準ほど入手しやすく、下の水準ほど説得力があるという交換関係です。まず反応と学習から始めるのが正攻法で、水準3以上は実習担当者やカリキュラム委員会と連携できたときの目標にしましょう。

第二に、あなたはすでに測定の道具を持っています。評価4で学んだ成績分布の読み方 — 平均点だけでなく分布の形を見る、識別指数で問題の働きを確かめる — は、そのまま「学習」水準の測定技術です。改善の前後で分布のヒストグラムを並べるだけで、平均点の比較よりはるかに多くのことが読み取れます。

第三に、ベースラインの価値です。効果を語るには比較対象が要り、最も現実的なのは前年度のデータです。昨年の試験成績、アンケート、実習評価 — これらを捨てずに残しておくことが、来年のあなたへの最高の贈り物になります。なお、こうした教学データの多くは、インスティテューショナル・リサーチ(IR)部門がすでに組織的に収集しています。自分で集める前に、何がどこにあるかを尋ねてみてください。

学生を守る — 測定の倫理

ここで一度立ち止まります。教育の測定には、診療研究と同じく倫理の問題が伴います。しかも教育には固有の難しさがあります。学生は、あなたから成績評価を受ける立場にあるということです。教員に「研究に協力してほしい」と言われて、学生が断りにくいのは想像に難くありません。研究倫理の言葉でいえば、学生は脆弱な対象です。

守るべき原則は4つです。

通常の授業改善のために自分の科目のデータを見ること自体は、教育活動の一部です。しかし学会発表や論文として学外に公表するつもりなら、所属機関の倫理審査を受けるのが原則です。匿名化・集計化の実務に通じたIR部門にも早い段階で相談を。細かな手続きは学部ごとに異なりますので、必ず所属先のルールに従ってください。

測って終わりにしない — SoTLという考え方

さて、測って、読んで、直した。その記録は、あなたの引き出しにしまっておくには惜しいものです。ここからが本モジュールの最後の柱、教育の学識(Scholarship of Teaching and Learning, SoTL)の話です。

米国のErnest Boyerは1990年の著書で、大学教員の学識(scholarship)は研究論文だけではないと論じました。発見の学識(いわゆる研究)と並んで、統合・応用、そして教育の学識がある — 教育もまた、体系的に取り組み公開されるなら、研究と同格の知的営為だという主張です。では、どんな実践なら「学識」と呼べるのか。Glassickらの6基準が事実上の共通言語です。

Glassickの6基準授業改善に引きつけると
明確な目標何をどう良くしたいかが言語化されている(評価5のワークシート!)
十分な準備先行実践・文献を調べ、既知の工夫を踏まえている
適切な方法測定計画が問いに合っている(本モジュールの前半)
重要な結果分布や行動の変化として結果が示されている
効果的な発表学会・紀要・FDの場で他者に共有されている
省察的批評限界を認め、次のサイクルにつなげている

見てのとおり、評価5からここまでを歩いてきたあなたは、すでに6基準の大半を満たしつつあります。足りないのは「発表」だけ、ということも珍しくありません。日本医学教育学会の学術大会には実践報告が数多くあり、1科目の改善とその前後比較は十分に1演題になります。

学会の演壇で授業改善の前後比較を発表する教員のイラスト

図: 1科目の改善と前後比較の記録は、学会発表という「教育の学識」につながる

そして発表の有無にかかわらず、改善の記録は教育ポートフォリオへ。教育理念、担当科目、改善の記録、学生からの評価、教育に関する発表を継続的に綴じたものです。教員の採用や昇任で教育業績が問われる場面は、国内でも着実に増えています。「授業を工夫してきた」という自己申告と、「不整合を特定し、改善し、前後比較で効果を確認し、学会で報告した」という記録つきの業績とでは、重みがまったく違います。教育に注いだ時間をキャリアの言葉に翻訳する仕組み — それがSoTLと教育ポートフォリオです。

K教授のエピローグ

学会場の小さな発表会場で、K教授はスライドの最後のページを映していました。演題名は「臨床推論を重視した循環器ユニット再設計の試み — 成績分布と実習評価による前後比較」。

発表内容は、この講座でたどった道のりそのものでした。整合マトリクスで見つけた不整合、症例ベース問題への置き換え、One-Minute Preceptorの導入。そして再設計の翌年、平均点は下がったのに分布は健全化し、識別指数の高い問題が機能し始めたこと。病棟実習のmini-CEXでは初期評価の項目が改善し、指導医から「学生の最初の一歩が出るようになった」という声が届いたこと。前年度のデータを残していたおかげで、これらすべてを前後比較として示せました。

質疑で、フロアの若手教員が尋ねました。「先生は臨床がお忙しいのに、なぜ教育のデータをここまで取ろうと思ったのですか」。K教授は少し考えて、こう答えました。「診療と同じですよ。介入したら、測る。測ったら、共有する。患者さんに対してやっていることを、学生に対してもやる — それだけのことです」

会場を出ると、廊下で他大学の教員に声をかけられました。「うちの科目でも整合マトリクス、使ってみます」。自分の科目の小さな点検が、海を越えて誰かの科目を変えるかもしれない。K教授の1年は、そうして次の誰かのサイクルにつながっていきました。

まとめ — そしてこの講座も測られる

教育改善は「変える→測る→読む→次を変える」のサイクルで完結します。指標はカークパトリックの4段階から現実的に選び、前年度データをベースラインに、評価4で学んだ分布の読み方を転用する。学生の脆弱性に配慮し、成績への非連動・匿名化・集計化を守り、公表するなら倫理審査とIR部門への相談を。そして記録をGlassickの6基準に沿って磨けば、授業改善は発表可能な教育の学識になり、教育ポートフォリオに積み上がる業績になります。

最後にひとつ、種明かしの続きを。評価5で「この講座自体が構成的整合の実例である」とお話ししました。本モジュールの内容も同じです。この講座は受講データ — 視聴状況、想起チェックの正答率、修了試験の成績分布、受講後アンケート — をベースラインとして改訂されていきます。あなたの受講そのものが、この講座の「測定」の一部です。教える者は、測り続ける者でもある。この講座もまた、そのサイクルの中にいます。

あなたの科目の1年後の報告を、いつか学会場で聞けることを楽しみにしています。

さらに学ぶために